006.昔話「音速の魔女」
昔々、音速の魔法使いと呼ばれる魔法使いがいました。
街から遠く離れた場所で
娘と2人で暮らしていました。
彼の娘は、箒で飛ぶ事がとても好きでした。
胸の高さほども舞い上がらず
歩く速さほども進みません。
それでも彼女は、箒で飛ぶ事がとても好きでした。
そしてそれと同じくらい、父親の事がとても好きでした。
彼女の夢は
もっと高く空を飛ぶ事。
もっと速く夜を飛ぶ事。
いつも笑顔で応援してくれる父親と
いつも一生懸命に練習しました。
何年経ったでしょう。
少女だった彼女も、いつしか一人前の魔法使い。
とても高く舞い上がり
とても速く飛ぶ事ができます。
今でも彼女は、箒で飛ぶ事がとても好きでした。
そしてそれと同じくらい、父親の事がとても好きでした。
ある日、彼女の父親が倒れました。
魔法を使っても、薬を使っても、一向に良くなりません。
それどころか、痩せ衰える一方です。
父親は笑顔でこう言います。
もうすぐ天に召されるだろう、と。
彼女は泣き顔でこう言います。
ただの病気だよ。すぐに元気になるよ。
そうだ、街に行けば、私が作るよりもいい薬があるよ。
すぐに取ってくるから、待ってて。
私は音速の魔法使いの娘なんだから。
どこへ飛んでどこから戻ったって
時間なんてかからないんだから。
彼女は夜に舞い上がります。
街へ。今まで一度も行った事のない場所へ。
街へ。そこには父親を助ける薬があるはずだから。
高く。もっと高く。
速く。もっと速く。
月よりも高く空を。
音よりも速く夜を。
彼女は街へ辿り着きました。
そして薬を売っているお店の扉を叩きます。
薬をください。今どうしても必要なんです。
泣き顔の彼女を
寝ぼけ顔の主人が出迎えました。
薬をください。今どうしても必要なんです。
寝ぼけ顔の主人は問い掛けます。
何spまで出せるかね?と。
泣き顔の彼女は問い掛け返してしまいました。
spって何ですか?と。
月がよく見える夜に
一粒の雨が顔に当たったのなら
急いで空を見上げましょう
きっとそこには誰も居ない
でもそれは
音速の魔女が
通り過ぎた後でしょう